承認欲求と他者貢献の違いとはなんなのか?アドラー心理学から学ぶ対人関係

人生・生き方
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あまりにも有名すぎるアドラーの心理学について記された著書「嫌われる勇気」を今更ながらに読んでみました。

いやー読んでいるとクリシュナの話しを聞いている時のようにぐるぐると論理が回ってしまうので、何度も読み返さなければなりません。

私が初めにぶち当たった承認欲求と他者貢献の違いについて話して行きたいと思います。

承認欲求とは

承認欲求と言う言葉はみなさんご存知だと思います。私達人間は、誰かに認められたいと言う欲求を持ち、それにより他者の意識にそった動きをしようとする時があります。

逆に言ってしまうと、承認欲求を持っている人は、他者から認められない限り、自分の存在を肯定できない存在だとも言えます。

アドラー心理学はこの承認欲求を否定します。

他者貢献との違いとは

承認欲求は、その行動の裏に他者に認めてもらいたいと言う目的があります。

しかし他者貢献にはそれがありません。自分が役に立てることを考え、実行すること、と記されています。

さて、そうなると、なんでもかんでも人の役に立つからと言ってやらなければならないような気がしてきませんか?しかもアドラーは他者との課題を分離しろ、と言いながら、他者貢献は自己犠牲ではないと言う。

ここで出てくるのが共同体感覚。全ての人は仲間であると言う感覚と言うことです。誰かを「敵」だと感じてしまうと、どうしても奪う奪われるの関係になってしまいます。

しかし共同体感覚を持っていると、例え相手が自分にお礼を言ってくれなくても、自分は誰かの役に立っている、と思えると言うことなのです。

これはなかなかに厳しい考え方だな、と思います。

他者貢献のために必要な自己受容と他者信頼

他者貢献と自己受容、そして他者信頼の3つはお互いになくてはならない関係です。

自己受容

自己肯定とは、できもしないことを「私はできる」と自らに暗示をかけること。テストで100点を取れなかった自分に対して「たまたま運が悪かっただけで、本当の自分は100点なんだ」と言い聞かせることです。

これに対し自己受容は、テストで60点を取ったとしてもそれを受け入れ、どうやったら100点に近づくことができるか、と言うことを考えること。できない自分をそれでも受け入れて前に進むことです。

他者信頼

他者信頼は読んで字が如く他者を信頼すること。ここで注意したいのが、アドラーにとっての他者信頼は、他者を信じるあたって、一切の条件をつけないこと。

もし他者が自分を裏切ることを前提に動けば、その周りの人達は「この人は私を信頼していない」と感じ、あなたを「敵」として認識するからです。それでは信頼関係を築けません。

自己受容と他者信頼があるから他者貢献ができる

もし自己受容ができていなければ、どうやったら他者貢献できるのか、と言うことを考えず、「忙しくなければやる」「もっとお金があればやれる」と考えて他者貢献を遠ざける可能性があり、

もし他者信頼ができていなければ、自分が他者貢献をした時「どうしてこの人はお礼も言ってくれないのか」「この人は私を利用しようとしている」と誰かを疑うことになる、と言うことなんです。

幸せになるためには共同体感覚が必要

アドラーは全ての人の悩みは対人関係からくる、と言っています。

そして対人関係のゴール、つまり幸せな人間関係を作るには共同体感覚がいる。

そしてこの共同体感覚は自己受容、他者信頼、他者貢献から成り立ちます。

共同体感覚とは、人類みな友と言うこと。

他者を仲間とみなし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることです。それがひいては幸せに繋がると言うことです。

最後に

課題の分離や他者への関心、人生のタスクなど、まだまだアドラーには紹介したりない言葉がたくさんあります。そして一つ一つの意味はわかるのですが、全てを合わせるとその理論はどこに行き着くのか、矛盾しているように見える部分も多くて混乱することが多いです。

この書籍の中でも、人生を線として捉えるのではなく、点の連続で捉えると書かれてあるように、この書籍自体がなかなかに線でわかりやすく1本に繋いでくれているものではありませんでした。

もしみなさんももっと深い内容を知りたい時はご一読ください。

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