人生は時に目標を設定しない方がいいこともある

人生・生き方
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みなさん日々どんな目標を持って生きていますか?

結婚して、幸せな家庭を築くこと?

たくさん稼げるようになって、人生を自由に生きて行くこと?

お金を目標にして人生が狂った

私がオーストラリアでワーホリをしていた時。まぁ正直ちょっと途中から旅を楽しむと言うより、金の亡者みたいになっていた時があったんです。

お金を稼いだらヨーロッパ周遊したりしたいなぁと思っていたので、その時を夢見て仕事をしていました。仕事自体は好きだったんですけどね。

お金をこのくらいまで貯められる、と目標を定めて仕事と生活をしていたつもりだったのに、なかなかその金額には到達できなかった。そして自分よりも良い選択をした人達に嫉妬して、辛い思いをした時期もありました。

お金を自分の目標にしてしまうと、誰かに嫉妬する無限ループが止まりません。自分よりも良い生活をしている人は日本にもオーストラリアにも大勢いるからです。

特に雇われで副業もできないような状況だと、自分で打開するチャンスが与えられていないのだから怒りの矛先を他人に向けるしかありません。

そんな生き方は醜いし辛い。自由に生きたいと思っていたのに、逆にお金に縛られている生き方では本当の自分の人生を生きたことにならない。自分で生き方を変えなければならない、とこの時強く思いました。

高すぎる目標を掲げない

夢や目標を燃料にして歩いていける人も世の中にいますが、これは人によって得手不得手があると思います。

理想と現実のギャップに苦しみ、夢を諦める人は多いです

絶望するだけならその人にとって夢なんて必要でしょうか?

一番重要なのは”今”を楽しんでいるかどうか。その過程すらも楽しめるかどうか。

それは旅をする時の感覚に似ている気がします。旅をする時には必ず目的地があって、自分はこの風景を見るためにここまで来たんだ、と思うのだけれど、

旅を終えて記憶に残っていることは、目的地の景色ではないことが多くないでしょうか?

その土地で出会った人や、人々の暮らしに感動したり、文化の違いを知ったり。

旅の過程で生まれた出会いがその旅を楽しくさせるわけで、目的地が実は目当てじゃない。

いつか叶うかもしれない夢ばかり追いかけて、今を楽しめないのは勿体無いし、そういう時に限ってとても苦しい思いをしているものです。

目の前のことに夢中になっていたらいつの間にか夢が叶っていた。

その方が、たとえ夢を叶える途中で人生が終わっても満足して終焉を迎えられると思うんです。

やりたいことを明確にして今すぐにできることをする

例えば結婚したいのなら、婚活をして自分に合う人を探すことができる。

趣味があるなら、仕事が終わった後にすることができる。

資格を取りたければ、少しずつ勉強したらいい。

でも今すぐにできないこと、どうあがいてもできないことを目標にして生きることはとても辛く、その達成されなかった苦しい時間だけが人生の多くを占めてしまいます。

例えば億万長者になるとか。不可能ではないけれど、億万長者になりたい理由の中には、自分がそのお金で何をしたかったのかと言う目的があったはずです。

 

世界一周をしたかった?高級車が買いたかった?自由な生活を手にいれたかった?

自由な生活を手に入れたかった理由は本当は何だったんでしょうか?人間関係に疲れていたから?もっと豊かな暮らしがしたかったから?自分の趣味にもっと時間を使いたかったから?

それに気がつくことができれば、何も脱サラをしなくても副業ができる環境の職場に転職したり、人間関係の良い場所に移動することはできると思います。

人生に答えはないし、なくていい

ノーベル賞を受賞した大隈良典さんは、「その研究はなんの役に立つんですか?」と人に聞かれて、「 “役に立ちません”と答えた方が正しいような気がします」と答えています。

最近の日本の研究は常に「役に立つもの」を追い求めすぎて、画期的な発見を遠ざけているとしている研究者の声が多数上がっています。

もちろん私たちは研究者ではないので同じように生きろと言うわけでは決してありませんが、これは人生に置いても同じことが言えると思うんです。

私たちの人生に正解がない限り、目標もなくていいんだと思うんです。

ただ今を精一杯生きる。自分がやれることをやる。人生をかける価値があると思うことをやる。

例えそれが世間から批判されても、誰からも共感してもらえなくても。意味がなくてもやる。なぜやるのか今はわからないけれど、続けて行く内にわかることもある。わからなくても、精一杯生きた自分を讃えていい。

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