スーツケースひとつぶんの荷物で人間は生きていける

ワーホリ
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これはバックパッカーあるあるだと思うのですが、ワーホリなどで外国に長期滞在していると、なるべく軽装の方があちこち移動できて便利だなと思い始め、必要最低限のモノだけを持つようになるんですよね。

その生活を1年以上も続けているとそれがだんだん普通になってくる。

日本にいた時はあれやこれやとたくさんのものを買っていたはずなのに、

海外に出てみると、人間てモノを持たなくても案外生きていけるんだなと言うことを身を以て実感しました。

あらゆる無駄に気がつく

例えば服や化粧品を選ぶ、買う、それらをどうやって組み合わせて使うか。

それらの時間は楽しいと言えば楽しいし、時間の無駄と思えば時間の無駄。

私はどちらかと言うと時間の無駄と考えてしまうタイプで、極力いろんなことを悩みたくない。

オーストラリアにいる時は食べられるものも限られているので、食事もあまり迷うことがない。と言うより結構な確率で同じものばかり食べていた記憶。

そりゃあ日本食がすごく恋しくなることもあるし、日本に帰った今でも日本のお米とお漬物とお味噌汁って最高だなと思います。

けれどそこに毎日時間と労力を消費していたんだなと言うことに気がつき、今では食事に関しては健康面には気を使って、なるべく悩む時間を減らすようにしています。

そうすると自ずと自分がやりたいことの為に時間をさくことができます。

広い土地もいらない

バッパー時代にキャラバンパークに住んでいたこともあり、住居スペースですら狭くていいと思うようになりました。

これも掃除をすることの手間を考えると、人が暮らしていける最低限の部屋でいいのではと考えるようになったからです。

今の時代どうなるかわからないから家を買えば?土地を買えば?と勧められるのですが、そこにかける手間暇を天秤にかけると欲しいと思わなくなってしまいました(新しくなにかビジネスを考えるのであればまた別ですが)

私は狭い部屋一つ、雨風をしのげる場所があれば十分。居心地がよくなるように部屋を綺麗にして自分の好きな家具が少しあれば気持ちが満たされることに気がついたんです。

時にお金は不安材料になる

オーストラリアにいた時の私はお金が底を尽きるぎりぎりの生活をしていたので本当にがむしゃらに働いていました。

あの時のパワーって今の自分にあるかと言われると、たぶんないですね。

最終的には働きすぎて体も精神もズタボロだったので、長くあの状態を続けることはできませんでした。ある程度の貯金をしたら海外に旅行に行こうとその時思いました。

しかしお金があったらあったらで、これがなくなったらどうしようと言う不安にかられました。おかしいですよね。お金が全くなかった時の方が精神的にはマシだったんです。

あの時の私はお金を頼りにするばっかりで、自分の才能を頼りにする生き方をしていなかったんですね。もっと言えば自分の才能を信じていなかった。

だから日本に帰ってからは、お金がなくなっても動じない生き方がしたい、0になっても自分の手で生み出せる人間でありたいと思うようになりました。

モノとかお金では安心は得られない。

学ぶこと、人に会うことにお金と労力を惜しまなくなった

人に会うことが学びにつながる。今では本当にそう思います。

人と話すことのない人生がどれだけ過酷で行きづまり感がすごいのかと言うのをワーホリで実感したので、人との繋がりを今ではとても大事にするようになりました。

結局は人がきっかけをくれるし、学びをくれるし、ヒントをくれるんですよね。

自分一人では同じ思考をぐるぐるとしてしまうけれど、人と話すと違う視点が見えてくる。

どこかに旅に出たり、新しいことを学ぶのも同じです。

モノやお金に消費している時間と(肉体的・精神的)労力を控え、スーツケースいっこぶんの荷物だけで生きていけるくらいの身軽さでいると、もっと違うことに時間もお金も使えるようになる。人生はそうやって楽しむものなんだなと、今ではわかります。

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